溝手康史氏講演会座談会「登山と法律」報告その4 座談会の記録(3) 

                             大阪府勤労者山岳連盟 教育遭対部 高橋明代

                                            中川和道

 

大阪労山ニュース No. 325 ( 20133月号)に続き、座談会の記録(最終)である.高橋がその場で入力した速記に中川が加筆し,溝手康史氏,安藤誠一郎氏に添削をいただいた.お2人に厚くお礼申し上げます.

 

中)それでは最後の問題.当日配布資料の最終頁のハイキングクラブ・テルルの公開山行のチラシ

についてである.これによって先ほどからの注意義務は軽減されるのでしょうか?要するに,これで効果はあるのか,という質問をTさんからいただいた.

 

<最終ページのチラシを参照.>

 

中)安藤さん,コメントを. 

安)よくできたチラシだと思う.何がいいかというと,(1)我々も山の経験が少ない初心者の集まり

ですとか,(2)公開山行の担当者も必ずしも下見をしているとは限りません,一緒に考えましょう.(3)山にはいっぱい危険があります,という記載がある.この記載からすれば,ハイキングクラブ・テルルと公開山行一般参加者との間で安全を確保しなければいけない関係は成立しなくなると思われる.少なくとも会の方からはそういう関係が成立することを拒絶している.そういう意味でなかなか有効だと思う.

ただ,大事なのは中身がチラシどおりになっているかどうか.実際には初心者を誰でも受け入れてしまい,自分たちが連れていく山行になっていたらダメ.書面と中身をあわせる必要がある.ちらしの効力がねらいどおり認められる場合とは,申し込みの段階で,申込者の経験や装備を確認して,無理だという人,自分では身の安全を守れないという人は配慮して選別するということが大前提となる.

溝)(1)参加者には自己責任がある,(2)一緒に楽しむのだ,(3)危険性がある,と説明しているので

いい.参加者と募集側の関係は契約になると思う.募集側はリスクを説明し参加者は承認しているかどうか,この実態とか説明する過程が重要である.この観点から,このチラシは有意である.

少し補足する.リスクの承認とか危険の引き受けという考え方がある.危険性を引き受けたものについてはその人の自己責任であるとの考え方.アメリカでは危険の引き受けという考え方がある.日本の裁判所は危険の引き受け法理という考え方を一般的には正面からはとらない.ただ,危険性を承認するといったケースでは,事実上,注意義務を軽減したり,大幅な過失相殺すなわち参加したものにも落ち度があるので損害賠償額を削るなどする.8割も削った事例もあり柔軟に運用してはいる.なぜ日本では危険の引き受け法理という考え方をとらないのかという大きな問題がある.リスクを受け入れること,リスクを受け入れるのを拒否する傾向がある.リスクを自分で引き受けるには自覚的に考えて判断して受け入れることが重要.登山者の自立が重要だと思う.公開登山でも自分の判断でリスクを受け入れて参加していくことが大切だと思う.

中)さて,もう少しチラシを検討します.どういう場合に主催者は責任を引き受けるのか?

安)それについては(1)コースの設定が初心者のコースかどうか,(2)天候の判断.少雨でなく雷が激

  しく鳴っているなど.

 

中)では最後に,講演会座談会全体を通じての質問をお受けします.

J 2つ質問.(1)設例では,校長やコーチが訴えられた.主催者の大阪労山が訴えられることはある

のか?  (2)逆に,遺族に対して校長でなく労山を訴えてくれ,と言えるのか?

安)理論上は団体も可能.ただ,山岳会とかそういう被告のケースはあまりない.何故かというと,

弁護士としては誰からお金をとるかを考える.お金のない人を訴えても無意味.

過失を立証する時にも個人の過失は立証しやすいので,通常は個人が相手になる.団体では監督責任とは話が抽象的になるので,団体を相手にする場合は少ないのだろうと思う.

溝)団体が責任を負う場合は法律でいう使用者責任を問う.企業は従業員の行為について使用者責

任を負うことがある.これは山岳団体でも同じ.訴えられる可能性がある.使用者に替わって事業を監督するものも損害賠償責任を負う.ここでは指揮監督関係(指揮または指示し,それを受ける関係)が必要になる.連盟とコーチなどの間に指揮監督関係があることが必要で,これがあれば雇用関係の有無にかかわらず山岳連盟が責任を負う場合がある.山岳団体の責任の可能性がないことはない.山岳団体は賠償責任保険に入っておくことが必要.団体も入っておかないと,本講演で述べた高槻市体育協会(3億円の賠償を負い事務所を売却するなどした)のように,大変なことになる.

安)誰を訴えるかは,原告が決めること.

K 公開山行のさい,山岳会か担当者が訴えられるのか?は,先の質問の答えと同じでいいので

すね.

安)はい,先の質問の答えをご参考下さい.

中)長い時間,ありがとうございました.これで座談会を終わります.

 


 

テルル公開山行BW