教育遭対部のご協力により、今月から3回に分けて、座談会の記録を掲載させていただきます。(機関誌部)

 

溝手康史氏講演会座談会「登山と法律」報告その2  座談会の記録(1) 

                    大阪府勤労者山岳連盟 教育遭対部 高橋明代

                                    中川和道

 

大阪労山ニュース No. 323 ( 20131月号)にひきつづき,報告をまとめる.今回は座談会の記録である.高橋がその場で入力した速記に中川が加筆し,溝手康史氏,安藤誠一郎氏に添削をいただいた.お2人に厚くお礼申し上げます.

 

司会(徳野)本日は110名の参加.この会場のキャパいっぱいです.主催者から感謝申し上げます.座談会を始めます.お3人のプロフィールです.

溝手康史(みぞて やすふみ)さん

弁護士(弁護士登録1988年).溝手法律事務所(広島県三次市).東大法学部卒.広島山岳会会員.1991年カザフスタン・天山山脈ハンテングリ峰、ポベータ峰登頂.1993年カラコルム山脈アクタシ峰登頂.1998年カナダのバフィン島でクライミング.ブータンでのトレッキングなど豊富な登山活動.文部科学省冬山リーダー研修会安全検討委員、国立登山研修所専門調査委員など.

安藤誠一郎(あんどう せいいちろう)さん

弁護士(弁護士登録2002年).安藤誠一郎法律事務所(2009年開設.大阪府堺市).豊中労山会員.大阪府勤労者山岳連盟 中級登山学校副校長.

中川和道(なかがわ かずみち)さん

神戸大学教授. OWCC会員.1984年パミール山群コルジェネフスカヤ峰、レーニン峰登頂.1990年天山山脈ポベーダ峰遠征.1984年足尾山域松木川小足沢冬季第2登.大阪府勤労者山岳連盟 教育遭対部長.

 

司会の中川です.これより座談会を始めます.本日の配布資料をお開き下さい. 安藤さんが山の訴訟判例をお調べいただき,それをもとに大阪連盟の実際の体験も踏まえて,5つの設例を作って下さいました.以下,設例をひとつずつ読みあげ,会場からご意見ご発言をいただいて討論し,安藤さんにポイントを解説していただき,溝手さんにコメントをいただきます.それでは,まず,設例@から読みあげていきます.

 

設例@ 縦走路での滑落〜山岳会仲間

 ABCは,山岳会の登山仲間である.ABCは,60代後半で,いずれも登山歴が30年を越えるベテランであるが,最近はさすがに体力の衰えを実感せざるを得なかった.3人は普段から仲が良く,日頃は近郊の低山に日帰りでハイキング,アルプスに小屋泊まりで縦走するなどしていた.CLは持ち回りで担当しており,今回は,ACLを務めることになった. 

20XX725日,ABCは,西穂・奥穂縦走に出かけた.行動時間は長く,Cが疲労した様子で,時折ふらつくなど歩行はやや不安定に見えた.午後3時ころ,Cが,バランスを崩して転落し,死亡した.

遺族は,「Cは疲労困憊していて,安全に通過することができない状態だった.CLであるAは,休憩を取ったり,早めに行動を終えたりする等の配慮をすべきだった.」として,Aに対し,損害賠償請求訴訟を提起した.

(1)遺族の請求は認められるか.

(2)Cが登山を始めてからの経験年数が,[1]半年の場合,[2] 3年の場合で結論に違いはあるか. 

 

以下,中川の発言を中),安藤さんお発言を安),溝手さんの発言を溝)と略す.会場からの発言は,A),B),C)などと記す.

中)さて,安藤さん,どう考えていけばいいでしょうか?

安)同じ山岳会の会員なので同じ立場,という設定です.

中)ここで,まず,会場からのご意見をいただきます.同じ立場,これがキーポイントですね.

A )私は,責任は負わないと思う.

B )3人とも同じ立場と言えども,Cさんがすでに明らかに疲労困憊でというのが見えたのだから,

AさんはCLとして安全確保の責任はあるのではないかと思う.

C )事故分析では事故に至るか至らないかのキーポイントが大切.この観点から言えば,この設例

のキーワードは何かをまず聞きたい.自分は,この場合は責任を負わないと思う.

中)では,安藤さん,解説をお願いします.

安)法的責任と道義的責任とを一緒に議論すると分かりにくいので,この座談会では法的責任のみ

を考えることにする.道義的責任は別にして,裁判所に持って行ったら認められるかどうか,という点に絞って議論する.

設例に関係する裁判例を紹介する.ある大学山岳部が雪の涸沢岳西尾根を登山中に部員が滑落して亡くなった例がある.遺族の方が大学と山岳部の先輩を相手に裁判を起こされ,アイゼンワークの技量が未熟なのを知っていたのにロープも出さなかったので滑落したとして損害賠償請求した.裁判では,遺族の訴えは棄却された.裁判例で一定の見解がでているので,一部読み上げる.

メモ:名古屋高裁H15.3.12

 「大学生の課外活動としての登山において,これに参加する者は,その年齢に照らすと,通常,安全に登山をするために必要な体力及び判断力を有するものと認められるから,原則として,自らの責任において,ルートの危険性等を調査して計画を策定し,必要な装備の決定及び事前訓練の実施等をし,かつ,山行中にも危険を回避する措置を講じるべきものといわなければならない.そうすると,大学生の課外活動としての登山におけるパーティーのリーダーは,たとえば,特定の箇所を通過するには特定の技術が必要であるのに,当該メンバーがその技術を習得していないなど,事故の発生が具体的に予見できる場合は格別(「ともかくとして」の意),原則として,山行の計画の策定,装備の決定,事前訓練の実施及び山行中の危険回避措置について,メンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものではなく,例外的に,メンバーが初心者等であって,その自立的判断を期待することができないような者である場合に限って,上記の事柄についてメンバーの安全を確保すべき法律上の注意義務を負うものと解するのが相当である.」

   このように裁判例は述べている.これをもとに考えると,山岳会の場合には,メンバーの安

全を確保すべき法律上の注意義務を負うものではない,と考えるべき.したがって,

(1)原則として,請求は認められない.

  (2)登山歴が半年の場合,認められる場合がある.要するに,こんな新人さんをこんな所に

連れていくのは無茶だ,という場合であれば[1]の半年認められる場合がある.[2]3

は原則として認められない.

中)道義的な責任はおいておき法的責任のみを考えましょう.考えるキーワードに下線をつけるこ

とにすると,(1)同じ山岳会のメンバーで優劣関係がない(2) 持ち回りのリーダーをやっている関係である,(3)したがって安全配慮義務はないと考えるべきである,(4)登山歴半年では自主判断が効かない場合もあると思われるが,(5)3年もいれば自分で判断できるだろうとみなされる,キーワードはこんなところだ,と考えていいのでしょうか,溝手さん,いかがでしょうか?

溝)判決は,自立した判断が出来る場合には責任は生じないが,自立した判断が出来ないのでリー

ダーが保護者的立場を引き受けた場合にはリーダーに責任が生じる可能性があるという一般論を述べている.この自律的判断は難しい.岩登りをしたことがない人を穂高の屏風岩につれていくとか,アイゼンを履いたことのない人を冬の穂高に連れていくとか,誰が考えてもあまりにもめちゃくちゃな場合は責任が生じる.通常,自律的判断をどう解釈するかは難しいが,通常の縦走であれば相応の登山経験で自律的判断はできるとしていいだろう.ただ,西穂高−奥穂高の縦走などそれほど易しくないルートでは微妙になってくる.ケースバイケースだとは思う. 

中)まとめるとこの判例は,大学生にもなり山岳部に自分の意志で入っていてこういう所に行こう

というパーティーに自分の意志で加わっている限りは,自分がこれから行う登山の危険は自分で予測できていて不思議はないですねと考える,大人であると考えるということ.少し言い過ぎかも知れないが,山岳会の場合でも,実力が違いすぎるパーティーは問題となる場合がある,一方が他方に依存してしまうと保護者的立場になる.その場合は山行のレベルを下げて安全を確保する必要がある,ということだと思う.

 

中)では,設例Aに進みます.

 

設例A沢登りでの転落〜登山学校

20XX810日,登山学校の実技で沢登りをしていた.高巻き中,受講生Aがつかんだ草が抜けて12メートル滑落し,頭を強く打って死亡した.この登山学校の通常の実技講習では,ハーネス,ヘルメットを装着し,ロープを持参していたが,今回転落した場所はそれほど難しくなかったので,ロープによる確保はしていなかった.

Aの遺族は,「ロープを出さなかった登山学校は,安全への配慮を怠った」として,登山学校の校長を相手として損害賠償請求訴訟を提起した.

 (1)遺族の請求は認められるか.認められるとしたらどのような場合か.

 (2)転落・死亡したのが生徒ではなくスタッフB(前年度の生徒)だった場合はどうか.

 (3)多量の降雨により増水した沢に流されて死亡した場合はどうか.

中)まず(1)(2)について議論します.安藤さん,ポイントの説明をお願いします.

安)「登山学校」がポイント.生徒のミスで亡くなった場合,学校の責任は負うのか負わないかを

考えてもらいたい.会場の意見はどうか?

D)認められると思う.自主登山でなく学校という引率だし,それほど難しくなかったがしかし危険

ポイントだったのだからロープは使うべきではなかったかと思う.

安)学校は法律上の安全注意義務がある.求められる注意義務のレベルはガイドより低いが山岳会

の仲間で行く場合より重い.中間よりもややガイド寄りのレベルと思う.

結論的には責任は負わないと考えられる.まず生徒の技量が第1のポイントで,そこに行くだけの技量を備えていたのかどうか,この沢を明らかにいけない人を連れて行ったのではないか,ということ.この技量レベルがOKだったなら,第2のポイントは,ロープ使用の判断.「通常はロープを出す場所なのかどうか」で判断されると安藤は考える.請求は原則として認められない.

責任が認められる場合とは,ここに連れて行くには生徒の力量が明らかに不足しているのにつれて行った場合,また,この場所はロープを使うのが一般的なのにロープを使わなかった場合.

事故を起こしたのが生徒さんでなくスタッフのばあいには責任はより限定的になると考えられる.

溝)登山学校といっても多くの形態があり,参加者の構成もいろいろある.一般公募の場合は責任

が重くなりがち.山岳会の傘下の会員を集めて半年とか1年間の学校を開催する(注:大阪労山の登山学校はこれにあたる),しかも開始時に受講生の自己責任の範囲とか講師の役割とかを明確にすることが重要.プロの場合はあらゆる箇所でロープを使うとだろうしこの設例のような事故が起きれば責任が必ず生じると思う.登山学校の場合には形態によって安全注意義務のあり方が変わってくる.ある程度の自己責任を前提とする旨を明確にしていれば講師はこのケースでは責任を負わないと思う.高巻きの危険性の程度による.それほど難しくなかったのならば,自己責任の範囲内のことではないかと考える.

中)その箇所を通過するには普通はロープなしの水準であれば損害賠償請求訴訟は認められない.

ここでロープを出すと全ピッチでロープを使っての行動となる.全ピッチでロープを使うという山行の設定は全く別の登山形態となる.ここはロープ不要だろうとの講師の判断は,(1)これまでの様子から見てAさんは大丈夫だった,(2)他のパーティーもロープを使っていない,などの事実に基づき,通常大丈夫と一般的と認められれば責任はないと言えよう.

教訓は,登山学校では(1)参加者のレベルを判定することが必要,(2)受講生の責任と学校側の責任を明確にしようということ.

安)もう一度明確にすると,この生徒さんが技量を備えていなかったのに行かせたとか明らかにロ

ープを必要とする箇所であったのに使わなかったというのでない限り,責任は生じない.

中)ではその(3)に議論を進めましょう.説例Aの(3)は,多量の降雨により増水した沢に流

されて死亡した場合はどうか,という問題です.会場からのご意見表明をお願いします.

E)大阪労山登山学校夏山で沢登りをずっとやってきた経験から,これは学校,コーチとしては入

谷しないです.入ったら責任は問われると判断します.

安)問(1)と(2)は生徒さんのミス,(3)は学校側にミス,として設例を作った.学校が状

況判断を誤った場合は裁判所は責任を認定しやすい.法的責任は免れない.学校としてはこう

いう判断は慎重にやっていただきたいと思う.

 

中)それでは設例Bに進みます.大阪労山初級冬はこんな事故やってませんので架空の設例です.  

設例B 雪崩事故〜登山学校

 20XX1213時頃,八ヶ岳・硫黄岳にて,大阪府勤労者山岳連盟主催・大阪労山初級冬山登山学校のパーティーが登山中,雪崩が発生して受講生・Aが埋没した.直ちにビーコンによる捜索を開始したが,Aは深さ200 cmの位置に埋没していたため,掘り出すまでに約60分を要し,発見時には死亡していた.

 検証の結果,深さ90 cmの位置にこしもざらめ雪の弱層が発見された.前日の夕方から当日の朝にかけて降り続いた雪による50 cmの積雪が原因となって発生した面発生表層雪崩であると思われた. 

 Aの遺族は,「雪崩の危険のある斜面を登らせた判断に誤りがあった」として,登山学校の校長を相手に損害賠償請求訴訟を提起した.  

(1)遺族の請求は認められるか.

中)会場のみなさま,ご発言下さい.

F)降雪があったのだから,明らかに学校側に責任があり請求は認められると思う.

中)では,安藤さん,いかがでしょうか?

安)新雪が降って50cmのというのだと,新雪表層雪崩が起きる危険が明らかなので,請求は認めら

れるのが原則.最終的には地形などでも判断するが.1日で50cmはどか雪と言える.

溝)裁判は結果的に考える.予見可能だったとされるので,こういうリスクの高いところで学校や

講習会を実施してはいけない. 

中)雪崩は判断が難しいが,いくつかの判例がある.安藤さんが発掘して来て下さった.ご紹

介を.

安)雪崩は判例が結構多い.

東京高裁S61.12.17を紹介.

 「傾斜30度ないし50度の樹木のない場所,沢筋及び沢を登りつめた山腹部分,稜線下の風下の吹き溜まり部分などは雪崩の危険区域であり,特にクラストした雪の上に新雪が積もっている場合,降雪直後の新雪の不安定な時期,日中の気温上昇時などに雪崩が発生し易く,また強風による風圧,雪庇の落下,雪斜面の横断ラッセルなどの外部的要因によって雪崩が誘発される危険が大きく,雪上にクラックが生じる場合は雪の状態が不安定であることを示しており雪崩の一前兆であること,したがって,登山パーティーのリーダーは,右のような雪崩の発生し易い状況が存在するときには雪崩の危険地帯に近付かないようにし,右のような危険に遭遇した場合には危険状態が解消されるまで停滞,あるいは退却すべきであること,やむを得ず右のような危険な場所に近づく場合には,先頭には経験者を配置し,雪質,雪の安定性,クラックや吹き溜まりの存在などに細心の注意を払い,斜面の横断ラッセルなどは厳に慎み,万一,右のような場所を横断する場合にはザイルによる確保をした上で10ないし15メートル程度の間隔を開けて一人ないし二人ずつトラバースすべきであること,そして万一に備えて雪紐を着用すべきであることが認められ・・・」

 

 長野地裁松本支部H7.11.21

3月の五竜の雪崩で高校生が死亡した事故では,新雪50cm,斜度3040度,地形は谷筋沢筋で凹状の地形.わかん歩行訓練中,雪崩で死亡.これも同様の判断となった.

中)予見可能性という判断がポイントである.

G)質問2点.(1)高校の判例2件だったが,社会人山岳会は高校とは違うはず.どう考えるか?

(2)判例中では進むのは可能とも聞こえた.社会人山岳会でこういう場合は可能というのはある

のか?

安)2件とも高校山岳部.社会人山岳会が集まる登山学校は高校より注意義務は低いが,予見でき

るのならだめである.

溝)高校などの学校よりは軽いが,結局,登山学校は安全確保義務を負うのが前提.そもそも「初

級冬山登山学校」というのは初心者が多く,教える側が安全確保するという形態.登山学校といってもあり方はいろいろで,指導員を養成するような講習もあり,さらに高いレベルではプロガイドの講習もある.初級冬山登山学校は,かなり主催者側の責任が重いと考える.

中)ホワイトボードに書いておいたが,注意義務の高い方から低い方に向かう順番はおおむね,

警察ガイド高校山岳部登山学校公開山行大学山岳部・同レベル会員の会山行.いずれの場合でも,予見可能性というのが有責無責のポイントになる.

後半の「進む場合には」という部分が述べているのは,注意義務があるなと登山学校が気付いたときに「可能性としての対策」を述べている.これをやればいいとかこれで十分とは言っておらず,いわば必要条件の一部を例示していて十分条件は述べていない,と中川は考える.

 

                      以下,「報告その3 : 設例C、D」は次号に掲載