「大阪労山ニュース」201511月号

          10回事故対策会議の報告   

                            教育遭対部長 中川和道

10回事故対策会議が827()に開催され,40名参加のもとに活発な討論が行われた(末尾注参照).今回はまず7/4クライミング中にお亡くなりになられた加島ルーズクライミングクラブの中江禎則さんへの黙祷から始まった.続いて入澤副理事長からあいさつをいただき,次に高橋常任から「安保法案」に反対するアピール(大阪府連常任)の報告をいただいた.

事故対策会議司会の中川から,事故対策会議は,事故の当事者や当事者に近い責任者が一堂に会して経験を語り合い教訓を探しあうことによって事故を減らしていく会合です,事故当事者の不明や欠点を攻撃する 吊るし上げ的な会議ではなく,同じ場面に自分が立ったとき,事故を避ける判断の分岐点がどこにあったのかを学びあう会議にすべく運営しましょう,との発言があり,討論に移った.大阪労山ニュース8月号掲載の事故一覧の番号で7)中江さん5)たつのこHA さん1)中級TUさん 2)雑木TK さん4)泉州KEさんの順に討論した.その経過を以下にまとめる.

 

No.7  7/4加島ルーズクライミングクラブKLCC中江禎則さん52才が北六甲烏帽子岩でルート名「タフ」を登攀中,13時頃4ピン目をクリップし核心部を超えたテラスでひと息ついたところで,右に崩れるように倒れ,突然意識を失った.周囲にいた者がロープを送って下へ降ろし心臓マッサージ.救急に連絡.13:40救急隊が到着しヘリコプターで搬送.神戸市民病院に14:20頃到着.翌5021分死亡.死因は心室細動による急性心不全.

 この事故は,労山大阪府連38日総会で「重大事故の分析や対応には第3者が加わることが望ましい」と決めた最初の事例となった.KLCCで何度かの会議を経て8/7に教育遭対部長中川和道が第3者として加わり,羽生代表・大串氏と3人で事故の分析と報告書作成作業を行ったことが羽生会長からまず報告され,事故の詳しい経緯が述べられた.

 討論はまず予兆に集中した.最近の仕事はとくに多忙という訳でもなく過労はないと思われたとのこと.2年前に瑞牆山の岩場で意識を失ってロワーダウンしたことがあったので検査を受けたが問題なしとの診断であったという.これについて,血液検査ではなく心臓検査が必要だとの発言があった.人間ドック検査で正常だった人が山で心臓発作などを起こしており,心臓発作などの予知方法はまだ開発途上である.労山の全国統計でも心不全は激増しているが予兆がつかめず対策に苦慮しているという.個人の危険度の判定については,三浦雄一郎エベレスト登山隊の医学監督を務めた大城和恵医師らの研究(ホームページ参照)が進行中である.運動負荷をかけての心電図検査や24時間心電記録などまだ模索の途中だという.大城医師は登山やクライミングが引き金となる可能性は高く,危険は誰にでも起き得るとして,過労とストレスに注意し日頃の検査を勧告している.大城医師らの研究の進展を待ちたい.会議ではAED装置の設置の発言があった.JR道場駅には設置されているそうだが発症後10分以内には間に合わない.難しい問題であり今後の検討を要する.

心臓に問題を抱えるなど持病は個人情報の典型である.討論では様々な意見が出た,その旨を会やリーダーに教えてくれないかぎり共に山行は出来ない,心臓発作に備えて私はニトロを持っていると教えてくれないと困る,救急隊は救急処置のため病歴・薬歴を正確に求めるから本人が失神中でも仲間が答えられる準備が必須だ,だが限られた範囲に留めたい,ピンチカード(全国連盟が持っている)に書いて身体につけてはどうか,などの発言であった.どう対処すべきかについては会や仲間で討論を積み重ねる必要があるとの方向で一致した.大阪府連としての統一ガイドラインを出す段階にはまだない.さらに,ゲレンデの計画書を出さないことも多いがその場合でも家族への緊急連絡先が仲間に分かる体制が必要である,など有用な指摘がなされた.

 会議では「『山に元気をもらいに行く』は考え直すべきだ.『元気なときに山に行きちょっと冒険する』がよい」との講演が紹介された.会議のあと中川は何人もと討議した結果,この言葉の表面的な解釈だけでは不十分との結論に達したのでこの議事録にあえて付記する.確実に元気なとき,疲労が全くないときにだけしか山に行ってはいけないと表面的に解釈すると勤労者は山に行けないだろう.私たちは医学監督に必ず診てもらってから山に行くという状況にはない.この程度の疲れなら回復できるだろうという判断のもとに私たちは山に登っている,その判断の正確性安全性をどう高めるかを突き詰めていくべきだというのである.皆さんはどうお考えだろうか?

 

(No.5)  6/7  9:15 HA(男性)66才 たつの子勤労者山岳会  生駒山 参道階段

宝山ケーブル駅付近,山道に入る前の参道階段を歩き始めて20分で気分が悪いと訴えた.様子をみ始めて5分後9:18頃に意識がなくなり呼吸は「かすかに」となる.2年前脳梗塞で入院歴あり.同伴者(健常者)が9:20救急車を要請.救急隊からは電話で呼吸確認・気道確保の指示を受け心肺蘇生法を実施.9:30救急隊到着.意識もうろうながら戻るが救急隊の質問に手話での応答なので通訳.近畿大学奈良病院に搬送.心臓の検査も含め診断の範囲では異常なく熱中症であろうとのことで点滴処置ののち午後電車で帰宅.意識があれば筆談・手話が可能であったが聴覚障がい者が意識を失ったので意思疎通(救急:病歴+薬歴が知りたい)に時間がかかった.特別基金申請はせず. 

たつの子労山井本会長と安倉理事に報告をいただき,それをもとに議論した.討論では体調管理に注意しようとの論点がまず語られた.もうひとつの焦点は,病歴・薬歴・家族連絡先など個人情報をどう管理するかであった.聴覚障がい者の場合には家族連絡先にはメールアドレスが必須,救急隊とのやり取りは筆談か通訳などの特殊事情はあるにせよ,「本人が意識を失っていても病歴・薬歴・家族連絡先など個人情報を仲間が即座に把握して救急隊に伝える必要がある」点では障がい者も健常者も共通の問題を抱えている.

討論での発言を列挙する.リーダーは何でも知っていないと責任を問われるから知らせて欲しい.知らせてもらわないと連れて行けません.全員のことを唯一知っているリーダーが事故に会うこともある.その場合でも仲間誰でも把握できないといけない.きたろうHCではピンチカードを2枚作成し1枚は本人が持ち1枚は事務所保管している.労山全国連盟は6/27の遭難対策研究集会で「山岳遭難ピンチカード」を配布した,これを数百枚活用するとか,カードを独自に作るなど検討しよう. 討論の結果,カードによる把握をはかる方向で大まかな一致が得られた.連盟での実践が求められる.

 

No.1  3/14 10:30  TU(男性)43才  豊中勤労者山岳会    雪彦山

 中級登山学校のコーチ・スタッフ研修.2名パーティで前日までの雨で湿った地蔵岳東稜ルート1Pをリード中,約30m登ったところで10:30頃墜落。5ピン目まで約2m落下後5ピン目のハーケンが抜けさらに3m落下。4ピン目のペツルを支点にロープビレイで停止。(2m+3m)x2=10m程度の自由墜落後,東稜スラブを転がりながら滑落.確保により停止.東稜には同グループ他の2パーティ5名が居合わせたので協力し10:45ロワーダウン開始。取付きまで降下し事故者の応急処置と容体確認。左足首と右手中指、尻の負傷があるものの頭部など無事.左足関節を残雪でアイシングの後テーピングと弾性包帯で圧迫固定.同グループ6名の補助支援で自力下山可能と判断し下山道に固定ロープを張り、自力歩行と懸垂下降を行いながら11:10下山開始。13時駐車場到着。車中で再度容体確認。大阪まで車移動可能と判断し大阪市内の病院へ移動。15:20受診。左足関節内果骨折・右中指マレット骨折.

 中級登山学校校長の柳川さんによる詳細な報告をもとに討論.状況報告では,小雨のあと濡れた岩場を冷たく手指がかじかむ状況で登った,登攀能力はあるがアルパインクライミングの経験は少なく中間支点をかけたハーケンに不安は感じつつも抜けるという感覚はなく,ハーケンを打ち足すとかナチュラルプロテクションをセットするなどの対策を取らないまま登ってしまったとのこと.対策として3月の研修は雪彦山ではなく不動岩など近場から始める,個々の危機対応能力を高め,自分の不安などの状況を伝えやすい環境づくりにさらに勤める,全体として「自分で考える登山」の向上を目指して行きたいなどが語られた.討論では,冬季は水が凍結して膨張するためハーケン,ボルトなど支点はゆるみ岩の割れ目もゆるむので残置ナチプロを問わず,春1番の登攀は支点チェックガ不可欠.アルパインクライミングの支点の勉強と制動確保が一般には必要との指摘もなされた.柳川校長の負傷処置には感嘆した.「自分で考える登山」の重要性を改めて認識しようとの方向性が確認された.

 ここでぽっぽ会の辻本氏から特に発言をいただいた.辻本氏によれば,ぽっぽ会では大きな墜落事故3件(うち死亡1件)が連続したあと,「考える力の養成」が焦点であるとの認識が深まり,新人教育の新規バージョン(6ページもの資料を配布していただいた)が作られつつある.労山大阪府連に向けて特に提言したい,地図を読むことをきっかけにした『自分で考える力の養成』に全ての会が取り組んではどうか,毎回の山行で1度は立ち止まり,全員が地図を広げて議論してはどうか,これを連盟として推進し登山の底上げをしてはどうか,と辻本氏は提案されたのである.優れたリーダーを養成すれば事故はなくなるという言わばトップダウンの方策だけではなく,全員ひとりひとりが自分で考え判断するようにボトムアップもはかる,そのきっかけが「読図」にある,という.貴重な提言であり,教育遭対部で引き取らせていただき,辻本氏にご協力いただきながらぜひ実らせて行きたい.

 

No.2  3/29/10:50 TK(男性)45 雑木の会 室内人工壁レベルテン

人工壁終了点に達した事故者の「テンション」の発声(合図)に、確保者は確保体制をとったものの態勢を崩し,ロープの握りがずれ、指先のない手袋を用いていたため指が摩擦熱に耐えかねてロープが手から滑り、被確保者が約6mの高さから床のマット(厚さ約15p)上に臀部より墜落した。救急搬送先にて胸椎圧迫骨折との診断を受け,現在加療中.

雑木の会会長の佐藤俊明さんの報告では,事故を受け,会では確保の研修会を行い,事故対応の体制や遭難規定の見直しを行って事故防止に努めているという.討論では,人工壁での確保はロープを制動しないで(すなわち流さないで)行う,体勢を崩してはならない,確保者は壁ぎわに立つのがよい,などの原則に関する発言が続いたのち,手袋の使用について議論がなされた.手袋は滑るので使わないとする意見,高い摩擦力が得られる手袋もあるのでいいものを選定して使用することを主張する意見がありその場ではまとまらなかった.会議後,中川が数人に意見を求めた結果をこの議事録に付記する.室内壁でアルパインクライミングの練習をする場合もあり「室内壁では制動確保でなく固定確保に限定した使用を」と限定できない場合もある.制動確保か固定確保かは明確に決めて開始すべき.手袋の使用は場合によっては可であるが,指先のない手袋は止めるべき.

討論の結果,室内壁での確保のきちんとした勉強が必要との方向でおおまかに一致した.

雑木の会では会議後さらに討論した.この記事は議事録なので追記は原則なしであるが今回はとくに取り上げたい.追記事項は,雑木の会指導者層には室内クライミングの経験者がいない.室内クライミングは例会訓練として取組まれているものではなくあくまでも各個人の意思により行われている,会としても事前の届出や事後報告を厳密には求めていない.また,それに対する指導やアドバイス等も行っていない.そこで,室内クライミングについてはあくまでも施設管理者の管理下で訓練する会員の意思(自己責任)を尊重するものとする,とのことである.教育遭対部としては,今後の推移を見守りたい.

 

No.3  5/10 11:30HI(男性)72才 豊中勤労者山岳会 京都西山沓掛山

沓掛山から西に150m下ったところで小さな根っこにつまづき前方に転倒.顔面を強打し顎と眼球付近を裂傷.意識がもうろうとしていたため11:49110番で亀岡消防署に救急搬送を要請.その後出血は少なくなり意識もはっきりしてきたので12:09に転倒場所から介助つき自力歩行で出発し1.8km先の舗装路を目指した.12:48舗装路に着き救急隊と合流.救急車で搬送.亀岡市民病院で顎の裂傷を三針縫う応急処置。

豊中勤労者山岳会の井手上順吉さんの報告をうけて討論.事故原因を行動面,設備・環境面,管理面に分けて分析した「事故原因調査表」は他の山岳会にも参考となるものであった.負傷者が歩いて下るさいの介助に「お助けセット」を活用し良好な結果を得たとのこと.転倒防止策の研究(ストック使用やしゃがむ訓練)が必要との認識が広がった.

 

No.4  5/3 14:20 KE(女性)54泉州労山 比良山系 堂満岳

大山口近くを下山中,石を踏みはずし転倒.この時右足首をひねる.痛みを感じたが歩行可能な状況で自力下山.自宅で様子をみていたが痛みが治まらず,5/15整形外科を受診.右足関節ねんざとのこと.軽症ですんだので特別基金申請はせずとの報告であった.泉州労山 日高さんの報告を受けて討論.登りと下りでの靴ひもの締め替え,ストック長さの再調整などリーダーは,きちんと時間をとり確認しながら山行を行うなど,転倒防止策の研究が必要との認識が再び広がった.

 

当日は23の会から40名が参加された(豊中4,雑木の会4OWCC4,たつの子3,きたろう3,志峰会2,泉州労山2,加島ルーズ2,カランクルン2,ぽっぽ2,以下1名がくすのき,TENSION,安治川,てんの会,ELF,高槻,淀川,ポレポレ,福島,つりばし,YMCC,吹田労山).事故防止がいっそう進むことを期待したい.なお,教育遭対部はこれまで10回の記録を分析する作業を開始する予定である. 

 

過去の第1回から第8回の 事故対策会議は,第1(2011/3/5)、第2(2011/11/8),第3(2012/2/29),第4(2012/5/28),第5(2013/2/27),第6(2013/9/5),第7(2014/3/4),第8(2014/8/21),第9(2015/3/12)に開催され,そのまとめは「大阪労山ニュース」20114月号,201112月号,20124月号,20127月号,20135月号,201311月号,20145月号,201410月号,20155月号に掲載されています.大阪労山のホームページからhttp://www.geocities.co.jp/Athlete/3063/kikanshi.htm へとたどってぜひお読み下さい.