第6回事故対策会議報告
教育遭対部長 中川和道
第6回事故対策会議が2013年9月5日(木)19時〜21時,労山大阪府連事務所にて開催され,18の会から33名が出席し,大阪労山ニュース9月号の事故一覧に掲載されたNo.2〜7の事故について討論された.
最初に理事長園敏男から「事故をなくしよう」との呼びかけがあった.そのあと司会の中川から「事故対策会議は,事故の当事者や当事者に近い責任者が一堂に会して経験を語り合い教訓を探し合うことによって事故を減らしていく会合.事故当事者の不明や欠点を攻撃する吊るし上げ的な会議ではなく,同じ場面に自分が立った時,事故を避ける判断の分岐点がどこにあったのかを学びあう会議にすべく運営しよう.」との趣旨説明があった.
なお,過去の第1回から第5回の 事故対策会議の記録は,第1回(2011/3/5)、第2回(2011/11/8)、第3回(2012/2/29),第4回(2012/5/28),第5回(2013/2/27)のまとめは「大阪労山ニュース」2011年4月号、2011年12月号、2012年4月号、2012年7月号,2013年5月号、に掲載されており,大阪労山のホームページからhttp://www.geocities.co.jp/Athlete/ 3063/kikanshi.htm へとたどると読むことができる.
当日は関係の各会から当事者責任者を含め2名くらいご参加いただき、上記「事故一覧」からまずクライミング関係の番号2,3,5から討論を始め,沢登りの6,7を最後に4の山スキーの順に,それぞれレジメや各会での事故総括文書を33部準備して1件15−20分で報告と議論を行った。以下,討論の概略を述べる.
No.2 2013年 3月31日12時10分頃JY(男性)46才 A・T・C.
ナカガイクライミングジム摂津店 ボルダー壁のクライミング中,左手は長いピンチのホールド,右手はチョークアップ中,左足をホールド以外の壁面にスメアリングしつつ右足は薄いポケットホールドでアウトサイドに乗っていた.突然右足が抜け,高さ2mから背中から落下.気づいた時は何故ここで横たわっているか分からなかった.首の捻挫,右ひじに激しい痛みを伴う打撲で治療.
忙しくてあまり時間がなくアップ課題をやらずに3日前のコンペ課題をトライしたせいかもしれない.
討論では,あまり起きないいわば想定外の事故ではあるが,対策なしでいいのだろうか?との議論があり,対策の案として(1)ちょっと深いマットの持参,(2)仲間が後で支えるべく構えているなどが提案された.(2)についてはジム側はやめてくれと言っているとのこと.しかしそれはジムの立場であって利用者としては何か安全装置が欲しいのでジムと違った論理があってもよいのではないか,仲間うちならばいいのではないか,などの討論がなされた.
No.3 2013年4月20日 12時45分 YH(女性)38豊中労山他3人隊 道場町 烏帽子岩「いじわるおヨネ」5.10bをリード中,終了点にあと5〜10cmの地点で足を上げバランスをとりつつ足を踏みかえようとした途端に墜落.伸びていた左足をその下の小さなテラスで強打し左足首(脛骨)骨折。自力でルートの下まで降りたものの自力歩行困難.腫れもでてきた.同行の2人が緊急下山方策や治療に精力的に当たり,他パーティーが車の提供を申し出てくれる.本人が13時119電話をかけ病院の紹介を受けるつもりが先方は救助要請として受理.救急・レスキュー隊・警察到着13時半.病院到着14時半.
本人は欠席のため本人から提出されたA4で4ページの詳細なレポートを豊中労山の遭対部長にご報告いただき,これをもとに討論.(1)リーダーもビレイヤーも習熟度がきわめて高くはなかったとのことだが確保に問題はなかったのか?→足下0.3mにピンがあり1.6mの身長だと0.3+0.8=1.1mの2倍落ちる.ロープの伸びを考えると確保が本当に可能だったかどうか.現場検証してみることになった.また,本人レポートの問題提起に対する議論は以下のとおり.(2)救助要請をせず自力下山すべきであったのか?→事故の実際は見かけより悪いことはよくある(今回も実は粉砕骨折であった).これは過去の事故対策会議でも明らか.救助要請は正しかったとの意見が大勢を占めた.(3)事故を起こすと岩場使用禁止を招くので大げさにしない方がよいのか?→実は重いけがであることがあとで発覚したのではそこにいたクライマー全員の自律能力の欠如を問われかねない.けがを隠ぺいするとかえって命取りになるのではないか.(4)落ちると危険な個所の見極めの力向上はどうやるか?→ただ登ってばかりでは落ちたときのことは分からない.しっかりビレイを取ったうえで落ちてみるとかいろいろやってみる実験が必要.その積み上げの中から分かるようになってくる.
もうひとつの論点となったのは,事故者本人が119通報救助要請したことであった.一般に事故者は痛みと責任感を過大に抱えており,必ずしも客観的な判断ができるとは限らない.事故対応の一般論としてはけが人以外の同行者か適切な人が責任者になって現場をしきり,救助要請は責任者が行う.けが人が何とか対応可能な状態だった今回は例外的だった.これを機に事故対応の討論を期待したい.
No.5 2013年 6月18日11時頃 MN(女性)60 北大阪のぼろう会(KONK) 道場町烏帽子岩 計2ページの報告書によると,「まいるどセブン」5.7をリードし10m登ったところで最終中間支点をとりそこから約1m上がったところで突然スリップして落下.ビレイヤーは流さず止めたがすぐ下の棚の部分に足が着いて,右足関節の捻挫,右踝骨骨折.ビレイヤーは新品ロープ10.2mmの伸びが思いのほか大きかったことが原因かと考えているとのビレイヤーによる報告.討論は以下のとおり.(1)初見のリードで落ちたとのことだがまずトップロープで登ってみてから次のステップでリードだったのではないかとの指摘があり,概ね見解は一致した.(2)「新品ロープ10.2mmの伸びが思いのほか大きかったことが原因か」との点については,先の「いじわるおヨネ」の事故同様,検証が必要との意見で概ねまとまった.(3)中川から,アルパインクライミングの現場では8.5mmなど細いロープがよく伸びることに起因する事故やヒヤリハットがいくつかある,ロープの伸びに対する対策研究が必要との情報がもたらされた.
No.6 2013 年6月23日13時37分MT(女性)58 遡行同人渓游会4名隊 台高山脈 本沢川 黒倉又谷左岸尾根を渓流シューズで下山中,足を滑らせ転倒したさいに左足首を内側に捻った.左足首捻挫.2ページの報告書と本人による報告を受けて討論.(1) 渓流シューズは登山道を下るときどのくらい滑りやすいか?→[吉岡章渓游会代表]運動靴の2,3倍滑る.30分以上の下りでは運動靴に履き替えるべき.(2)今回なぜ運動靴でなかったのか→行動力を上げることで安全の向上をとの見地から軽量化をねらって運動靴は持参しなかったがこれがまずかった.(3) 渓流シューズに鎖アイゼンなどで滑り止め措置を講じることは可能か?→[吉岡代表]効果はあまりないと思う.(4)資料の計画書には渓流シューズとともに登山靴には持参確定の○が打ってあり携帯カイロの適宜持参とは峻別されている.運動靴を持参しなかったのは計画書違反にも見えるがどうか?→ゆるみだと思う.今後改善の討論をしたい.本人としては次回から運動靴を必ず持参する予定であるとのお答えに,一同,沢登りの安全対策について有用な知識を得た.
No.7 2013年 7月13日9時30分MO(男性)53 遡行同人 渓游会4名隊 中央アルプス将ぎ頭山 小黒本谷.1600m地点の2段10m滝で30mロープをつけてサブリーダーMOがルート確認のため登攀.ビレイ可能点まで登った時点で極めて危険なルートなのでここではなく全員で巻き道を行くのがよいと判断.サブリーダーは下降にさいしてスリングとカラビナを確保可能地点に残置するのがもったいないと判断し,慎重にクライムダウン.途中の浮き石を敢えて中間支点にして懸垂下降ロープをセット.ところが懸垂下降中,中間支点としていた岩が落下し,約10m下方の釜に滑落.打撲(右ひじ, 左足くるぶし,すね,ひざ),骨折(左ろっ骨1か所に 軽いひび).本人が作成したレポートに基づく討論は以下のとおり.(1)次々と生じる新たな事態に頭がいっぱいになっている.こういう時,ベテランは危機にどう立ち向かうのか?→[吉岡代表]たばこを一本吸う.(2)起こって欲しくないことに限ってよく起きる.「スリングとカラビナを確保可能地点に残置するのがもったいないと判断し,慎重にクライムダウン」と決めた判断の分岐点をうまく切り抜ける術はなかったのか?→なぜその判断をしたのか自分も分からない.熱中症だったのだろうか? (3)山行管理の観点からは,サブリーダーがこんなにも困惑している状況なのだから,リーダーや他のメンバーが把握でき助言ができなくてはいけない.別の会の冬山での話だがリーダーやサブリーダーに多くをおまかせにして,ほとんど全員の顔が凍っていたパーティーを見つけて指摘したが,他人のことを気にできないのではまずい.大阪労山ではリーダーまかせサブリーダーまかせでなく参加者がお互いに気を配りあう対等平等のパーティーであることを望む.(4)翌日に山行を続行したと聞くが,異論がある.事故が起こったらまず山行を中止し,リーダー会をその場で開く,原因が克服できるという保証があれば山行を続行するが,原因がつかめないとは現在は解決不能であれば山行を中止し,大阪に帰って克服策を研究する,というのが山行管理の基本ではないだろうか?今回は「原因は熱中症かも知れないが不明」という報告だったので原因究明が果たされたとは言えず,また起きる可能性を排除できないのではないでしょうか?検討してみていただければ幸いです,とのコメントであった.
No.4 2013 年5月5日10時15分SM(男性)49カランクルン 単独 八幡平乳頭山.山スキー単独行の詳細な遭難報告書10ページに基づき本人が報告. 八幡平スキー縦走に単独で4/28入山,予定より1日入山を遅らせた旨を山岳会には4/27通報したが下山時に訪問する友人には知らせなかったため当初の下山予備日最終日5/3に友人経由で家族から遭難届が提出された.ぱらぱら雨などあったものの5/1まではまずまずの天候で順調な行程.5/2からは吹雪.5/2は吹雪のため予定の秋田駒ヶ岳8合目小屋にたどり着けず乳頭山頂東斜面1360m地点でビバーク1日目.5/3は地吹雪のため雪洞を放棄せざるを得ずツエルトを被って同地点で雪上ビバーク2日目.5/4携帯で通話が可能であることに初めて気づき秋田県警と交信。本日入山しているスノーモービルのグループを救助隊としたので山頂で合流せよとの指示を受けるが,約束の時刻13時に到達できず.県警,スノーモービルグループも十分な耐寒装備がないままで駆けつけたため到着遅れ2時間を待ち切れず自らの遭難を回避するためやむなく下山.事故者は5/4乳頭山頂でビバーク3日目を経て体力をひどく消耗.5/5に秋田県警・岩手県警・地元救助隊・カランクルンなどの救助隊により発見されたときは自力下山不能で,スノーボート搬送により救出収容された.以下,討論.
(1)予備日の意味を明らかにしておく必要があったのではないか.予備日は下山や撤退に用いるのであって本格的な行動を予定するなら予備日ではないという場合もあるし,途中で天候が崩れた場合には予備日ぎりぎりまで登山活動を続行するのが前提という場合もあると思われる.今回は前者の解釈をした知人の方が遭難と判断された.入山前に個々に念を押すか,計画書に予備日の定義を明らかに記載することが今後の山行管理の基本として大切.(2)対応にあたって下さった警察が経験不足の場合,こちらは通常以上にしっかりした対応が必要.きちんと説明すれば分かって下さるからきちんと対応を.ただ,これは事故者本人でなく同行者あるいは同じ会の人がやるべき.単独行にはこういう危険はつきものなので,対応を会で検討いただきたい.(3)単独行と装備についてコメント.絶対確実な通信手段が必要ではないか.携帯電話はそもそも甘いから大阪労山ではアマチュア無線を奨励している.また,山小屋をあてにはできない積雪期の山行でビバークに失敗した点は重大.ビバーク装備が不十分だったのではないか?雪洞を掘れないならシェルター型の1人用テントを持つしかない.この点でも単独行の危険さを充分検討していただきたい.(4)この遭難は典型的な気象遭難.配布資料にある天気図にある複数の高気圧はどれも「背の低い高気圧」で信頼できない.これは気象学の豆知識として重要.大阪労山の河野仁副会長ら4名がこの秋,高層天気図や「背の低い高気圧」など役に立つ気象学講座を開講するそうです.ぜひ参加されてはいかがでしょう,とのコメントがあった.
今回の第6回事故対策会議の教訓として,豊中労山では前回に続いて事故のまとめを分かりやすい表にして持参して下さり,理解が大いに進んだ.事故の原因や対策を行動面,設備・環境面,管理面心理面に分けて考察していくこのやり方は今後も大いに深化させていっていただきたい.カランクルンは事故者本人のみの参加であったが,事故対策会議での議論を会で生かしていっていただくには,会の責任ある方の出席が望ましい.今後検討をお願いしたい.
参加者33 北大阪のぼろう会(KONK)4,きたろうハイキングクラブ4,A.T.C. 3,渓游会3,泉州労山2,豊中労山2,志峰会2,カランクルン1,高槻労山1,くすのき山遊会1,モンテス1,淀川山の会1,COWAC 1,白峰山の会1,OWCC 1,常任理事5