20155月 組織部のページ

井手上 嵯峨山 則友(豊中) 天野 大西(泉州) 林 木村清(teruru) 砺波(ELF) 後藤や(泉州/ELF)        近藤(白峰) 仲本(MONTES) 浜田(げんごろう) 〜部員等2015.4現在 順不同敬称略〜

 

3/16に第1回組織部会を開き、上記メンバーで2015年度を発足させました。基本方針の実現に向け、毎月の部会と、各会訪問、府連行事参加などで、各会からの組織部員への拡大と交流を図ってまいります。活動の報告として、『突撃!府連の各クラブ』、『府連放浪記♪』等を当ページに掲載してまいります。是非、みなさまのご意見・ご感想をお寄せください。それでは、今月もしばしお付き合いくださいませ。

 

『府連放浪記♪』

イ.3/25  2015中級登山学校開校式(教育遭対部)

 当組織部員からは、teruru木村清氏が受講。ほか受講生は、ぽっぽ、泉州、このはな、豊中、大阪マウンテン、二十渉から計12名。冒頭で、府連副理事長の林孝治氏(カランクルン)が、ご自身も20年以上前の受講生で、「最も濃密な時間」を過ごされ、「アルパインクライミングとは」「決して死なない技術を身につけること」等を開校に寄せて話されました。続いて、受講生自己紹介では、受講にあたって各位の決意表明!がありました。校長柳川憲一氏(TENSION)は、受講生の頃聞いた林氏の話を思い出しながら、また技術のみならず仲間作りをしてください、と挨拶されました。そして、ボクも僭越ながら、修了後は所属会・府連に還元してください、と一言述べました。                          (文責後藤や)

 

ロ.4/13 後藤皓二郎氏講演会(海外委員会)

 海外委員会(林孝治委員長)は、ヒマラヤ・アンデス等にこれまで幾度も登山隊を編成し、労山会員を世界の高みへとリードしてまいりました。近年の情勢は低調らしいですが、大阪労山結成50周年を迎える来年度へ向け、魅力的な企画を練っておられます。そのなかで、大阪労山の若きアルピニスト後藤皓二郎氏(カランクルン)を迎え、彼の報告講演会が行われました。彼のお父上は、かつて大阪市大山岳会で活躍されました。ですが、彼が3歳のときに早逝されました。皓二郎氏は、父の山仲間とともに、その足跡を訪ねるべく、2013年ランタン・リルン登山隊に参加した様子をスライドショーで話されました。残念ながら、父上と同じく登頂とはなりませんでしたが、彼はしっかりとその大きな背中に対面されました。そして講演会の後半は今年の総会でも話題になりました、年末年始の屏風岩登攀記。奈良労山の畠中氏をパートナーに、チリ雪崩を突いての登攀、稜線前からはラッセル地獄。困憊の中で雪庇を踏み抜き滑落するも、天が味方し、無事続行。終了点からホウホウの体で、平湯に帰還。一風呂浴びて、道中夢に見た中華を食するも、不味。極限状況でも、マズイものはマズイという教訓を得る。奇しくも彼とは同姓のボクですが、とても真似の出来るものではありません。しかし、31歳の人懐こい彼に、「弟と呼ばせてもらい」などと、ヨタっても、すぐに快く、「お兄ちゃん」と返してくれたのでした。      (文責 後藤や)             

 

『突撃!府連の各クラブ』

其の1 安治川山の会 1968創立 代表 入澤正芳)

所属会のビバーク訓練の翌日3/22()は、安治川山の会総会に突撃する予定でした。会場は、朝から箕面をハイクされての終点、勝尾寺園地。ボクは訓練帰りに買い物等の家事を済ませて向かいました。すると途中、千里中央駅から状況を伺うと、正午からの総会兼懇親会は早々に終了されたのこと。「あぁ、約束を果たせなかった…」と思案していましたら、一部メンバーは再び箕面まで歩き返すと聞き、箕面駅前に針路変更。しばし、駅前の酒屋の立吞でTV競馬観戦しながら待機していると、入澤氏ほか7名の会員さんが到着。駅構内で、ボクが贈呈した日本酒古酒(ウチでの飲みさしでしたが)でキャップ乾杯!ここ4年は休日ハイク&総会で、出席者が増えているとのこと。機関誌・総会議案書を拝見すると、現在会員数26名で、活発に月例・公開・企画等山行を行っておられます。府連創設間もない頃からの老舗会で、多くの蓄積・実績があられます。ですが構成年齢層が高いので、これからは若い会・人とも交流等をされたりして、 次代を考えていかれては、とおもいました。このことは、ほかの同様な会と組織部とで共に考えていく課題かなとおもいます。                               (文責 後藤や)

     

其の2 きたろうハイキングクラブ 1975年創立 会長 石野博良)

絶好の花見日和の4/4()午前、きたろうハイキングクラブ゙総会(40周年記念)に突撃!事前に取材を申込み、ご承諾いただいていたのですが、入場すると、なぜか花のバッジと記念品(マフラー)を渡され、そして案内されたのは来賓席!すると副会長の園さんから、「府連を代表してスピーチを」。ボクは、「ん?!」。中川府連副理事長が急用でご欠席のため、その代打指名でした。よし!こうなったら一発言わせてもらおうと、壇上に上がり、「貴会が40年前に結成され、今日まで活動を続けてこなければ、ボクはこの場にいなかったことでしょう」(←これって、アタリマエ)。じつは真意がありまして、ボク自身が府連のハイキングセミナー出身で、そもそもボクが習った「ハイキング」は、きたろうハイキングクラブが目指してきたものそのものだったからです。40年前、かつての北区勤労者山岳会(会名の由来・北労→きたろう)の垂水・浜田・園の各氏青年3名が、登山者の裾野を広げようとハイキングクラブ設立に奔走。「自分たちはハイキングということで、登攀や冬山は行わないが、みんなでアルプスの高みを目指していこう!」と、様々な懇親・トレーニング企画で、一緒に登ろうと仲間作り進め、やがて会員の結婚・出産等で生活・登山環境が変わることにも対応し、中高年の登山ブームが訪れた際には積極的に会に受け入れ、今日では100名を優に超える会に。現在は年齢層が高くシフトしておられますが、培った組織の力で新たな若いメンバーも受け入れ、老若男女のクラブであってほしいとおもいました。(文責 後藤や)

 

『組織部員ノリの統合初級体験ツイート☆』

・初回、雨の読図山行。二回目、雨の搬出訓練。折角書いたメモがワヤになってしまった()。来たれ晴れ男女!

・安全対策にはうるさい我が校長。お願いだから崖っぷちで着替えをするのはやめてください((T_T))
・校長コーチ陣はパッキング名人。酒は当然、小さいザックから何故か林檎とグレープフルーツが丸ごと!