第5回事故対策会議報告
教育遭対部長 中川和道
第5回事故対策会議は2013年2月27日(水)に開催され、32名の方々(末尾参照)が参加し、活発な討論が行われた。この会議は、事故当事者・関係者から事故の状況をうかがい,教訓を探し合い、原因究明、今後の対策を討論することにより、連盟全体に共通認識を広げ事故防止をはかることを目的としたもので、第1回(2011/3/5)、第2回(2011/11/8)、第3回(2012/2/29),第4回(2012/5/28)のまとめは「大阪労山ニュース」2011年4月号、2011年12月号、2012年4月号、2012年7月号に掲載されており,大阪労山のホームページからhttp://www.geocities.co.jp/Athlete/3063/kikanshi.htm へとたどると読むことができる。
第5回事故対策会議では「大阪労山ニュース」2013年2月号の5, 6ページ「事故一覧」の番号10から25の事案について討論することが当初の目的であったが,今回の集まりが2012年度の最後の事故対策会議となることから,2012年11月3日の大台ヶ原千石ーサンダーボルトルートでの道迷い事件(以下No.Aと呼ぶ)と12月16日の高御位山での心不全死亡事故の件(以下No.Bと呼ぶ)とについて急きょ取り上げることになった.
当日は関係の各会から当事者を含
め2名くらい参加いただき、上記
「事故一覧」の番号10, 13, 16,
18, 21, 22, 24, 25,No.B,No.A
の順に,それぞれレジメや各会での事
故総括文書を32部準備して1件10
-15分で報告と議論を行った。会議
ではまず、以下の確認がなされた。
「事故当事者の不明や欠点を攻撃する吊るし上げ的な会議ではなく、事故を避ける判断の分岐点がどこにあったのかを探り、その同じ場面に自分が立った時、どう判断して危険を避けられるかを探り合い学びあう会議にしよう」.
以下,番号順に討論の概略を述べる.
No.10:2012/07/15高槻労山の3名隊.南アルプス甲斐駒ケ岳から鋸岳に向かう
稜線で鹿窓を通過後,少ギャップの下りが事故現場.2日目の15日10時頃先頭のリー ダーHT(60才M)が甲府側(右)に滑落.道は土でぬれて滑りやすかったとのこと.滑落距離は約100mとのこと.KMが持参の20mロープと他パーティーから借りたロープをつないでHTが停まった場所までKMが下降.HTは(その時の見た目では)脚は大丈夫であったものの歩行不可能.腕を折っているらしいとのことであった.下降と同時進行でヘリ要請.13時10分ヘリが空中停止から70mワイヤを降ろし,吊り上げ救助して病院へ.
討論では当事者・同行者が参加していなかったため細かい議論が出来ず,今後の反省点となった,右に落ちたことは分かったが当事者のその時の気分とか持参ロープが何mmかなどが不明であった(後で聞くと8mmであったとのこと),また,報告書では本人は「落ちた瞬間のことが記憶にない」し後続のメンバーも何も見ていなかったとのことで,直接の原因が探れなかった.以下,討論内容を列挙.(1)彼らは補助ロープ20m1本,安全環つきカラビナ1個,クイックドロー1組のみを持参した,従来このコースはもっと十分な装備を持参するのが通例だが昨今はガイド登山隊などが固定ロープを残置しているため登り方が変わってきている.これでいいのだろうか?(2)リーダーは一般に自分の無理を押して行動する傾向があり,第1回事故対策会議でも同様の事故が報告された(上記Webサイト参照).しかもリーダーは常に先頭を歩くことが多く,中川が聞いた悪いパーティーの例では他メンバーは自分たちのパーティー全体の状況やリーダーの体調などを何も把握していない.今回リーダーのHTは事故を起こす前に何度か滑って転ぶなど疲労事故の兆候かもしれない様子が見られたという.大阪労山ではリーダーまかせでなく参加者がお互いに気を配りあう対等平等のパーティーであることを望む.
N0.13:2012/08/12北大阪のぼろう会2名隊.穂高岳涸沢を5:30発.前穂高北
尾根X峰からW峰直下への奥又側.トップのHM(63才M)が自分で起こした30cm位の落石が自分の左太ももに当たり左足くるぶしに痛みを覚えた.左足関節内靭帯損傷.かろうじて歩行可で,W峰を越えV・Wのコルから涸沢へ16:20着.同行者より報告を受けてなされた討論の内容を以下に列記.(1)落石が極めて起きやすい場所なので注意が必要.今回「ラク」の落石コールがなかったことは大きな事故につながる可能性がある.要注意だ.(2)本来のルートは涸沢側にありそれを登るべきだったのかとの意見もあるが,この場所はいたるところが踏み跡だらけでルートは定かでなくどちら側を歩いても落石の危険度は高い.(3)そもそも登山道とか登攀ルートとかはシーズン初めから誰かが浮石を落としてくれた跡のこと.ルートが定まりにくいこの場所では,ルート開拓をしているのたという心構えで,高い落石頻度を前提に行動しよう.
No.16:2012/10/06豊中労山3名隊.八ヶ岳阿弥陀岳〜赤岳〜硫黄岳の2日目6
日6:20頃,行者小
屋〜阿弥陀岳・文三郎道分岐点から登った場所でYT(64才F)が石につまづき転倒して右肩を打ち右肩関節脱臼.当事者同行者不参加.討論の内容を以下に列記.(1)豊中労山ではこれまで,事故の際に会報に事故内容,指導事項を掲載し注意喚起してきたが,今後は,原因及び対策・反省を含めた総括を文書化していきたい.(2)ストックを持参していたので使うべきだったのだろうか?この疑問に対して,ストックがからむ事故は第3回事故対策会議のNo.7でも語られたように(上記Webサイト参照),使い方の練習が事前に必要であるとの意見があった.また,登山時報2013年3月号では「ストックを補助具でなく登山用具と位置づけで安全基準の規制を」との提起がなされておりストックに対する議論が必要との意見もあった.(3)豊中労山では当事者が日帰り登山重点で歩荷トレーニングが不足していたのではとの指摘があり,ストックの問題と合わせて各種トレーニングの必要性が議論された.
No.18:2012/10/06豊中労山3名隊.裏六甲烏帽子岩.クライミングルート不明.
10:30,終了点直下で手がはずれて墜落したのに対し確保者が力いっぱい止めたため墜落者が岩に激突し左足首を複雑骨折.当事者同行者不参加.討論の内容を以下に列記.(1)豊中労山の事故総括では「いつもと違う確保者が確保してくれたため」とした.ルートをよく知った人の確保は確かにうまい面があるので,確保者の習熟が必要だ.(2)初めて組むパートナーの場合,気心が分かるまではアプローチするルートのレベルを下げてクライミングすべきとの対応を豊中労山としては考えている.(3)参加者自身の問題としてその場面に立って考えるにはもう少し当時の事情を知りたい.当事者同行者の参加が実現できるとよかった.教育遭対部としてもあらかじめもっと強くお願いしておくべきであったと中川は感じている.
No.21:2012/11/03頃豊中労山単独.大台ケ原駐車場からシオカラ谷に下るよく
管理された散策路の階段を下る途中10時頃,足が何かに引っかかり前に転倒.顔面および体の右側面を打った.メガネがレンズ間で切断,鼻の右側を切った.右ひざを打撲,擦過傷.当事者同行者不参加.討論の内容を以下に列記.(1)豊中労山の事故総括にあるように,単独で自動車運転のあとは疲労の自覚がないという落とし穴がある.「これから山だ」と高ぶる気分が危なく,我々も参考にすべき事故だ.(2)第4回事故対策会議(上記Webサイト参照)でも出されたように,労務災害の魔の時刻(がんばりの成果で仕事の実績が積み上がって先が見え,ほっとした時に気の緩みと疲れから事故が起きやすい時間帯)は14時15時とされているが,これは若い人の話である.高年齢登山者には午前中からこの魔の時刻が訪れるらしいことが,このはな山の会の圓尾勝彦さんによって第4回事故対策会議で指摘された.要注意で自覚が必要である.(3)自分を自分から離れて見る感覚の自己管理が必要ではないか.
No.22:2012/11/11渓游会.複数名の隊だが総括文書からは隊員数不明.当事者
から報告あり.奥美濃揖斐川支流坂内川白川殿又谷.11日7:33駐車地点を出発し,殿又谷第2支流遡行中9時30分頃,KS(59才F )が約150cm滝の右岸の岩を乗り越える途中に突然仰向けで後方に落下.後続のYを巻き込みつつ転落し,岩で臀部,腰部を打撲し第1腰椎圧迫骨折.Yは軽傷.KSは腰に激痛で鎮痛剤を服用し荷物を他人に持ってもらい何とか下山.討論の内容を以下に列記.(1)会の総括文書にあるように当事者は当時の経過を全く覚えておらず,状況がつかめない.(2)周囲のメンバーも事故の瞬間を見ておらず,そのために直接原因は不明.(3)把握できる状況としては,ロープ不要の箇所であった,荷物は7〜8kgで問題なし.行程もゆったりしていた.(4)事故のあとの対応は問題なくなされていた.(5)本人か同行者かが状況をつかんでいないと事故の分析ができない.また起きる可能性があるが,対策は立たない.
No.24, 25 2013/01/01渓游会.総括文書からは隊員数不明だが複数名.中央アル
プス檜尾岳.宝剣岳から檜尾岳への稜線上,テント撤収時にKM(35才M)がオーバーミトンをとばされ、インナーとオーバー手袋で強風の稜線上を行動.凍傷(第2度)、右手人差し指、中指、薬指.同じく宝剣岳から檜尾岳への稜線上,KM(31才M)が濡れたままの手袋を着用して強風の稜線上を行動し,凍傷(第2度)を右手中指、薬指に負った.当事者の報告を受けてなされた討論の内容を以下に列記.(1)テントのフレームが凍結した時それをはずすさい素手で握ってやられた.(2)テントのフレームは雪を入れないことが大切.今回の厳しい状況ではなくもっとやさしい状況でのトレーニングが必要.(3)手袋やオーバーミトンを失うことはよく起きる初歩ミスである.ゴムをつける,ひもで結ぶなどの対策を日頃からやっておこう.(4)失っても構えておこう.手袋が登攀でがちがちになったらそれを捨てて靴下を手にはめるとか,オーバーミトンの代わりに小物袋を使うとか,サバイバル力を日頃からつけておこう.(5)大阪労山の服部功会長は7400mの高所登山のさい,別の国の登山隊に写真撮影を頼まれたときにオーバーミトンを風で飛ばされた.ヤッケの内ポケットに手を突っ込んで下山し事なきを得た.よくあることなので経験も多い.こういう場で他人の話をよく聞き,教訓を学び合って日頃から備えておこう.
No.B 2012/12/16カランクルン.加古川市高御位山でハイキング中,百闃竄フ
鉄塔付近でDY(37才M)が倒れた.心臓マッサージしてヘリ救助を要請したが不整脈死.同行者も交えての報告のあと,討論.(1)持病はない,と言っていた.9月の八ヶ岳も問題なく登山してきた.(2)突然の不整脈に対処する方法があるだろうか?(3)AEDの装置を常時持参することはできない.心臓マッサージがなし得る最善だ.どうしたらいいか,もっと専門的な人々による深い検討が必要.(4)全国連盟でも対策を考えている事故のひとつと聞く.有効な答えはまだだと思う.(5)今回のことではなく一般論として,持病のある人はそれをリーダーに届けておいてはどうか?きたろうハイキングクラブなど,「ピンチカード」での持病の自己申告を有志でやっているクラブもある.(6)しかし一方,自分の体調こそは参加者が自己責任で管理すべき筆頭の課題でこれはリーダーに責任を問うてはいけない問題ではなかろうか?(7)あくまでボランティアの範囲で了解しあっていくのがいいであろうが,今後の課題である.会でも他の場でもよく議論し対策を探ることが必要.
No.A 2012/11/3-4山の会バッカスほかの複合山岳会隊.二隊に別れていたが,
4人でまとまって行動するのか別々で行動するのかは決めていないまま,大台ヶ原千石ーサンダーボルトルート(300m10P)を2隊(A隊,B隊)で登攀.A隊は14時に途中から下降を決断.B隊は登攀を継続したが抜けきれず一度はビバークを決定したものの,その後,B隊のSAは登攀終了点からロープを垂らしてくれとA隊のST(37才F)に救助要請.要請を受けたSTは要請された終了点は知らなかったが,途中までの道を生半可に知っていたため単独でSAに電話で教えられたとおりに終了点に向かったものの道に迷い,ついにビバークを決意した.近くにいた「他の登山パーティー」(数名)が救助活動を開始.B隊はその後,ビバークに入るとの連絡をこの「他の登山パーティー」に行った.STが行方不明との現地からの連絡を受けて会と家族は警察に救助を要請.大阪労山の救助隊も出動.翌4日STは自力下山.B隊の2名も9P目からヘリでピックアップ救助された.当事者STの報告を受けてなされた討論の内容を以下に列記.(1)一人での救助行動は危険.多くの失敗例があることを教訓にしよう.(2)救助隊が現地に到着するまで,誰かが責任をもって統率しなければいけなかった.今回,救助隊が到着するまでの一時的現地責任者が誰もメイル(OWAFメイル,OWAFRESCUEメイル)に名乗り出ず,責任者不在という不正常な状態が続いた.救助隊到着までの一時的現地責任者を救助隊か連盟教育遭対部か連盟理事長かが任命するべきであったのか他の方法があったのか,はっきりさせていく必要がある.(3)救助隊は事態の経過をまとめ,中間総括を最終総括へとバージョンアップしてほしい.(4)司会者としては,今回の事案の第一義的原因はB隊がビバーク可能であったのにA隊に安易に救助を要請したことにあるので,B隊メンバーも含めての報告と議論が望ましかったと感じた.
今回の第5回事故対策会議はいくつかの教訓と反省を残した.以下,列挙する.
1.豊中労山では事故のまとめを分かりやすい表にして持参して下さり,理解が大い
に進んだ.事故の原因や対策を行動面,設備・環境面,管理面心理面に分けて考察していくこのやり方は豊中労山でも初めてとのことであり,今後も大いに深化させていっていただきたい.
事故のまとめのやり方がよく分からない会もあるとのことで,北大阪のぼろう会や豊中労山の文書は参考になるものであった.事故の総括の仕方については教育遭対部にもそれなりの蓄積があるので,遠慮なく相談していただきたい.
2.今回は,「本人が何も覚えていない」事故が目立った.同じパーティーの他のメン
バーも何も把握していない状況だと,原因がつかめないので今後の対策を立てようもなく,したがって同様の事故がまた起きる可能性があることになる.この事態は改善が必要である.仲間の状況をお互いが把握しあう努力が大切である.
3.今回は,当事者や同行者が参加されない報告が目立った.討論してみるとやはり
当事者や同行者がおられないと「事故者と同じ場面に自分が立った時、どう判断するか」という観点のうち「同じ場面に自分が立」ちきれないで終わってしまった.次回からは,必ず当事者や同行者の参加が不可欠である.教育遭対部から強く要請していく.また,会でよく議論しておいていただかないと当日の議論も深まらない.次回はこれらの改善が望まれる.
参加者32 高槻労山1,北大阪のぼろう会2,豊中労山2,渓游会3,カランクルン6,山の会バッカス1,OWCC2,きたろうハイキングクラブ4,山の虫クレマントクラブ1,大阪志峰会1,てんの会1,関西ハイキングサークル1,白峰山の会1,大阪ぽっぽ会1,くすの木会1,救助隊1,常任2,不明1.