第2回事故対策会議の報告
教育遭対部長 中川和道
第2回事故対策会議が11月8日(火)に開催され,30名の方々の参加のもとに活発な討論が行われた(末尾注参照).この会議は,事故当事者・関係者から事故の状況をうかがい,教訓を探し合い,原因究明,今後の対策を討論することにより,連盟全体に共通認識を広げ,事故防止をはかることを目的としたもので,3月5日に第1回が開催された.今回の会議は,最近おきた大きな事故3件((9/27吹田労山 単独登山行方不明→死亡,10/2福島労山 単独登攀墜落死亡,10/8中級登山学校 登攀中落石負傷)を受けて,労山大阪連盟の事故防止の機運を集中的に高めるべく緊急に開かれた.
当日は3件の順番に,当事者あるいは当事者に近い各会,各団体のレポートに基づいて報告をしていただき,ひとつずつ順に議論していった.議論に先立って中川は,事故原因や今後の対策の基本的観点に「心構え」や「姿勢」をおくのではなく「技術的な解決策を探る」,「事故につながった判断には相応の理由があること」,「判断の分岐点に自分をおいて解決策が得られるまで考えあうこと」などを強調し,事故者の不覚や不明を追及するだけの吊し上げ的な不毛な会議になるのをお互いに避けようと呼びかけた.
まず,吹田労山会長 徳野暢男さんから報告があった.以下,内容をを列記.(1)救助隊,連盟の皆様にご協力,心よりお礼申し上げます.(2)Mさんは残念ながら無届登山.単独で雨具なし.(3)Mさんの手帳にあった「六甲山方面」で警察に捜索願を出したが情報不十分で却下された.(4) 9/28 会で西山谷捜索.15:33に携帯に繋がったが返事なし.警察が携帯捜索し神戸空港から12時を北とし11時から13時の方位高度約600mと推定,20:30警察始動.(5)吹田労山把握の捜索出動人数は日付(吹田,連盟)の表示で28(5,0),29(30,?),30(28,29),1(51,52),2(32,95).警察消防は29日に精鋭部隊投入後30日まで合計約70名で捜索.29日の連盟出動数未定(上記?)を除いても登山者計322名警察消防計70名以上の多くに上ったが未発見に終わった.(6)10/2運営委員会にて集中捜索終止を決定.(6)10/3西山谷で道迷い登山者がMさんの遺体発見.(7)今回の事故の反省にあたっては,知識や経験不足をあげ本人の責任に帰することは容易だがそれでは会としての責任を果たすことにはならない,組織として出来なかったこと,出来ていないこと,今後なすべきことを話し合い安全対策と事故の再発防止に真摯に取組まねばならない.
討論では,計画書提出が緩んでいる会も存在すること,今回の事故を機に急に引き締めを図ってうまくいった会もあるが数十年事故なく現状で推移してきたことから規則を急に厳密適用すると会が壊れてしまう可能性がある会もありとの指摘がなされた.ここで中川からの提案で技術的問題として議論した.問題は(a)自分の入山路を会に知らせる具体的手段は何か?(b)いざ倒れたら居場所をどう知らせるか?である.(c)こういう技術論を突詰めると計画書になるのではないか?という提案であった.いざという時の所在連絡のため携帯の電源は入山とともに切るべしというのが鉄則だが今回のMさんは切らなかったおかげで所在がつかめた.事実は公式どおりには展開しない好例であろう.入山路,居場所の知らせ方ではのろしのあげ方など経験やアイデアがいろいろ話されたが,山行管理など真の解決はこれからであるというのが参加者一同の感触であろう.救助隊や連盟執行部からは,今回300名もの方々が捜索に加わったことに感謝します,残念ながら救出にはいたらず残念,だがこれを通じて事故に対する具体的イメージがみんなのものとなったのでプラスに発展させたい,当時本部は二次遭難を心配したが起きなくて幸いでした,との発言があった.
福島労山Oさんが谷川岳衝立岩雲稜ルートで単独登攀中に転落死亡した10月2日の事故については同会の中野道夫さんからレジメだけでなく単独登攀システムを装着しながら詳細な報告をまずいただいた.2ピッチ目終了後1ピッチ終了点の大きなテラス(2人用テラス)に下降後作業中に転落したらしいが詳細不明.デージーチェーンについていた腐食して折れた大サイズのアングルハーケンが入る大サイズのリスは2人用テラスには存在かった,このためこの腐食ハーケンの破壊が転落の直接原因とは思われない,1本のリングハーケンで自己確保をとっていたがそのリングが破壊されて転落したならばリングが体にはついていなかったことの説明になるかもしれないが証拠はなく詳細は全く不明,とのこと.討論では,吹田労山の事故は入会1年というまだ始めの方の事故だが福島労山の事故は単独登攀の危険を熟知したエキスパートの事故であり,登山最先端位置での議論が必要であるとの発言があった.誰にも共通の教訓としては自己確保を2箇所とるべきであった,何か余程の事情があったのか?などの議論がなされた.また,単独登攀の位置づけについて中川は,岩登りでは相手の事故のさい否応なく単独登攀しなければならない場面もあると覚悟している,単独登攀は岩登りの一部門でありさらにエレガントに発展し我々一般登攀者にも使いやすくなっていただきたい旨の発言をした.
中級登山学校からは10月8日錫杖岳左方カンテルートでの落石負傷事故の報告が事故当事者となった朝日喜久雄校長からあった.(1)6ピッチ目を第4パーティーとして朝日さんリードで登り始め2ピン目をセットした時,最終第7ピッチ目を登攀中の他パーティーから人為落石.40〜50cmの岩が3, 4個落下.朝日さんはよけきれず落石を受けた.ザックのベルトが切れ雨ぶたに入れていた無線機,携帯がひどく破壊されたほどの打撃で,肋骨骨折,左上腕部裂傷,両肩打撲,挫創.6ピッチの終了点からヘリで吊り上げ救助ののち病院へ搬送.10日に退院.(2)ゲレンデでない本番の岩場では先行パーティーがいたら後続しないのが原則なので中級登山学校の大部隊がひとつの岩場に集中しないようにと今年は錫杖岳と屏風岩とに分散化を図った矢先の事故.この方針自体は正しいとみている.(3)分散化のためにはコーチの力量向上が必要,さらに7月の保塁岩での生徒の転落事故をも受けて生徒の力量向上も重点とする,スタッフ研修,コーチ研修などで学校の充実をはかる方針である.
討論では,大きな落石事故が大事にいたらず幸運であったこと,分散化の方向は正しいとの議論がなされた.一方,分散化に伴ってコーチの責任論が浮上してくることが述べられ,解決への道筋を探る必要性があることが明らかとなった.
3月に開催された第1回事故対策会議では最後に全員が一言ずつ発言し教訓や体験が補足されたり今後の課題が提案されたりでゆとりある討論ができたが,今回は大きな事故3件のあとであり,また30人もの参加をいただいたので盛況の反面,ゆとりある討論ができなかったのが残念であった.最後に事務局長 林孝治さんから,入会1週間以内で単独登山して死亡した例が大阪労山でもあった,会とは何だろう,単独登山についてもう一度考えよう,個人会員でない山岳会の運営を実のあるものにしよう,との発言があった.連盟会長 園 敏男さんからは,200名もの大阪労山会員が捜索に事故なく参加していただきありがとうございます,大阪労山で「事故のまとめ」が出されてからもう12年になる,安全にいっそう取組もう,との発言があり会議を終了した.
(注)参加者30名の内訳は以下のとおり.園 府連会長,服部 府連理事長,林 府連事務局長,中川府連教育遭対部長,吹田労山3,福島労山2,豊中労山1,山之会バッカス1,ピトンの会1,大阪ぽっぽ会2,労山つりばし1,大阪志峰会1,山の会ポレポレ1,てんの会2,虹の会1,くすのき山遊会2,山の会カランクルン1,OWCC1, 泉州山岳会1,きたろうHC3,このはな山の会1