統合初級アルパインリーダー学校 第1期から第2期へ 

 

                          第1期第2期校長 中川和道

 

20143月の大阪府連総会の議を経て統合初級アルパインリーダー学校が始まり,第1期は受講生5名を迎えて20144月からスタートした.以来,夏の座学7回,実技7回,冬の座学2回,実技3回を経て模擬リーダー山行を3回行って判定をした.その結果,5名のうち3名が夏・冬の初級アルパインリーダー認定を,1名が夏の初級アルパインリーダー認定を受けた.第2期は受講生2名で現在進行中である.最初の1年目を終えたところなので,本稿では,これまでのまとめを行い,この先を展望してみよう.

まず,統合という名はこれまでの初級登山学校(夏山編),初級冬山登山学校を発展的に統合して夏も冬も一貫した登山学校をめざすことによる.

 次に,登山学校の位置付けについて考える.発足の具体的な経緯は初級登山学校(夏山編),初級冬山登山学校が停止したことであったが,もう少し広い視点から,まず講習会と学校の違いから考える.講習会では,特定のテーマに絞って1回あるいは数回で主に不特定多数の参加者を対象にする「単発講習会」が主であるが,登山学校は受講生を限定して系統的な養成を目指すのが通例である.登山学校には,「メンバー教育登山学校」と「リーダー養成登山学校」がある.「新しいことを学びたい」,「もっと向上したい」という目標をもったものの,自分の山岳会ではそういう教育が得られないという場合に扉をたたく登山学校が「メンバー教育登山学校」だ.ところがこの「メンバー教育登山学校」を卒業すると問題にぶつかる.自分の会ではそもそもその登山をやっていないし,教えてくれるリーダーがいないから登山学校に行ったのである.要するに,卒業したら帰るところがない.こんな場合には卒業生どうしで新たな会をつくるか他の会に移るのがよい.ハイキングセ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   2015221日,阿弥陀岳北稜登攀終了後の統合初級アルパインリーダー学校第1期.

   前列左から栗原,中川,中野.後列左から井上,木村,高田.

ミナーからたくさんの会が生まれてきたのはこの経過からである.会や連盟としても卒業

後に会を移るとか新たな会をつくることを奨励するあるいは是認する立場をとることが前提となって運営されるべきである.

アルパインクライミングの学校では,事情は少し異なる.「メンバー教育登山学校」卒業だけでは危なっかしくて会を作れないのだ.そこで,アルパイン系の登山学校の多くは「リーダー養成登山学校」を目指すことになる.日本山岳協会の「指導員制度」も大きくはこの枠に入るものであろう.受講生は所属会から推薦を受け,費用の一部を払ってもらい,会のリーダーになって帰ってくることを期待され約束して「リーダー養成登山学校」に入学する.会の側からすれば新人を「リーダー養成登山学校」に入学させるのではない.ある程度育った人物のリーダーへのステップアップのために入学させる.

統合初級アルパインリーダー学校も,ある程度育ったことを入学資格とすることにした.岩登り3級を通算1500m以上,夏の日本アルプスの3連泊縦走,冬山の15泊以上などである.地図や天気の読み方もすでに身につけている前提なので,歩き方・登り方・生活技術は教えない.剣岳や穂高岳の3級の岩場をすでにメンバーとして登っているがリーダーとなる教育を受けていないとか,自分たちで会を作って向上してきたものの「見よう見まねリーダー」の不安感があり,夏冬3級のアルパインクライミングの力をつけたいと願っている方々を受講対象に想定した.第1期生5名の中には,「冬のアルパインクライミングリーダーになりたい」という正統派がおられた一方,「言わば大型車免許のアルパインを目指すわけではない.山スキー・冬山縦走という中型車の行動能力と安全性を向上させたいためだ」という副産物派もおられた.これも立派な受講動機である.

 ここでリーダーについて考察する.英語圏でのリーダーとは岩登りにおける最初の登者(先登者)を意味する狭い意味で使われることがあり,パーティー全体をまとめるいわゆるリーダーではないことがある.統合初級アルパインリーダー学校では単に先登者を養成するのではなく,「3人パーティーの輪番リーダーを養成する」ことを目標とした.ハイキングクラブなどでは時には50名ものパーティーをまとめる「総リーダー」と,5人程度をまとめる「パートリーダー」を設ける.統合初級アルパインリーダー学校が養成するのは「総リーダー」ではなく「3人パーティーの輪番リーダー」だ.今回は自分がパーティーリーダーだが,輪番でパーティーリーダーを交代していく.互いにチェックしあいリーダーにも堂々と物申す.これが輪番リーダーの意味である.卒業時に初級アルパインリーダーとして認定されれば,新しいリーダー2人がちょっと格下の人を加えてパーティーを組み3級を登ってよい. 

 クライミングのレベルについて考える.初級アルパインクライマーとは,槍穂高や剣岳といったアルパイン環境の3級ルートの山行全体をリードできる登山者,と定義した.中級アルパインクライマーとは,槍穂高や剣岳といったアルパイン環境の45級ルートの山行を安定してリードできる人物,具体的には「夏のパチンコルート」を登った人で,冬のパチンコルートは上級アルパインクライマーだろう.初級アルパインにはリーダーとメンバーの区別が若干存在するが,中級アルパイン以上にはリーダーとメンバーの区別が存在せず完全に対等平等である(Steve Long氏のリーダー教程にも共通).という訳で,統合初級アルパインリーダー学校の目標には,夏は穂高滝谷ドーム中央稜(4級のピッチはA0)や剣岳6Cフェースの剣稜会ルートのリード登攀,冬は八ヶ岳阿弥陀岳北稜や大同心稜から横岳頂上の登下降,などを想定して出発した.山スキーや冬山縦走登山の安全性を高めたいとの受講動機に応えて,冬季登攀には下降技術の実践を必ず加え,撤退技術もカリキュラムの重要な要素とした.

 やってみると新しい発見がいろいろあった.コーチは先頭を歩かないことが重要だ.取り付き点や登山口の発見を受講生にやってもらうためである.だから朝暗い出発のさいもコーチが先頭で導くことをせず偵察は前日に行い,概念図を書いてもらう.3級ルートのリードの訓練ではバックアップロープをまず張り,それにユマールで補助確保をとってもしもの墜落に備えたうえで,リードで登ってもらう.コーチはバックアップロープを1歩先に登り,中間支点の取り方,ロープのかけ方,確保点での後続者確保システムの作成と運用,などを見守り指導する(UIAAHPにこの指導法の動画がある).我々古いクライマーにはこれがフラストレーションのもとだ.どうしても先に口を出しで動作を指示してしまう.クライマーには(中川も含め)熱血漢が多いので「まずやってもらう」ことが本当に難しく,終了後の飲み会では上記のフラストレーションが,受講生も交えて笑いのネタになる.また,やってみて気づいたのは,受講生2名にコーチ1名でいいことだ.受講生1名にコーチ2名の従来の学校とはえらく異なる.さらに山行計画書は受講生がつくりコーチが手を入れて完成する.座学の段取りや進行も受講生が行う.従来の登山学校とはずいぶん異なる運営だ.登攀技術にも新しい工夫が必要となった.ルート図を書くさい,自分がリードしたピッチは描けるが後続登攀ピッチは描けない.そこで2名だと「つるべ登攀」をする.統合初級アルパインリーダー学校ではこれを3名でやるのである.2人のリーダー級が1名の格下(易しいピッチを担当)を連れて3級の岩場を登る想定だ.具体的な操作は下記の大阪労山ニュース21052月号3月号を参照されたい.

 今回の統合初級アルパインリーダー学校の特色は,記録を書く能力の養成である.登山にはいろいろな面で魅力がある.安全を確保したうえでムーブの極限に挑み人類の可能性を大きく押し上げるハードフリークライミングがあり,高所を含む登山環境において総合力を駆使して登頂の目的をとげるアルパインクライミングがある.後者における総合力の重要な要素のひとつが「記録」である.統合初級アルパインリーダー学校では,山行ごとに記録を書いてもらう.模擬リーダー山行では全員が輪番で長い記録を取りまとめる.コース図,概念図,ルート図(トポではない),天気図と天気の実際,テクニカルノートを含む記録である.受講生の中には自分で初登をやってみたい,その時にルート図を書いて発表したいとの志をもつ人が当然おられる.多くは自分でルート図を書いたことがないので,まずは百丈岩(!)の概念図,ルート図を書くところからスタートである.テクニカルノートでは,登攀装備の種類と量,使用実績の評価,水の入手,幕営の選定などデータを書く.派生情報として入山までのどのパーキングエリアが睡眠に適するかなど疲労防止策情報,小屋の冬季営業情報(ビール販売時間帯も!?),携帯電話の通話可能地域の実績情報なども重要度が増してきている.受講生が仕上げた代表的な山行記録は大阪労山ニュースに投稿する.実例として,21052月号3月号の栗原和也,中野道夫,高田和孝,松田明博,中川和道「統合初級アルパインリーダー学校2014模擬リーダー山行記録 穂高岳滝谷ドーム中央稜」を読んでいただければ幸いである.冬季に八ヶ岳阿弥陀岳北稜を登った記録は近日中に掲載したい.

 

 最後に,大阪府連の登山学校の全体を概観して,中川の個人意見を述べてみよう.大阪では,「夏山ハイキングセミナー」,「冬山ハイキングセミナー」,「女性のための登山教室」,「岩登り体験教室」,各会の「公開ハイク」などを主要な入り口として多くの方々が登山の世界に入ってくる.そのあとの初級メンバー教育は会で行うのが本来である.会が教育を放棄して連盟に「メンバー教育登山学校」を作ってそこに任せてしまうと,卒業生はその会から去る場合が上述のように本来起きるからだ.各会の中で初級メンバー教育にあたるリーダーは,各会から連盟の「リーダー養成登山学校」に会員を派遣して確保する.各会は推薦した会員の受講料の一部を負担する.連盟の「リーダー養成登山学校」は受講期間中にリーダー検定を行い受講料に見合う高い確率で目的を達成するため,受講生受け入れのレベルは初心者ではなく相応の経験者とすべきである.

一方で,教育要求全般に応えるのは登山学校だけでは不十分である.冒頭に述べた「新しいことを学びたい」など重要な要求に連盟が応えるひとつの方法は,「単発講習会」を行うことだ.救助隊の「捜索訓練」,「雪山での搬出」,「岩場での搬出」,近畿ブロックの「搬出講習会」は事故を減らすうえで長い歴史と大きな実績を蓄積してきた.河野仁副会長のご尽力で始まった「気象講座」(3年目)や大西清見さん(泉州労山)の「地形図読図」(2年目)は絶大な人気を博してすっかり定着した感がある.日高博さん(泉州労山)の「ハイキングレスキュー」(2年目)も地歩を確立しつつある.

中川の感触では,事故を減らすため大阪府連で行うべき単発講習会の今後の候補には, 「雪山歩きと滑落停止」「制動確保」「雪山の確保・連続登攀を含む」がある.「制動確保」については最近Mさんから具体的なご提案をいただき,にわかに現実味が出てきた.素晴らしいことである.            ( 2015518日 記)