初めての事故対策会議を司会して
OWCC 中川和道
大阪労山ニュースに毎月掲載されている「事故一覧」を皆さんはご存じだろうか?この記事は機関紙部の尽力によって月ごとに更新されるのだが,年度末の3月に終わりを迎えて跡形もなく消えてしまい4月にはリフレッシュされる.これでは事故の貴重な経験が消えてしまうではないか,何とか有効に活用しようという議論が2011年1月の常任理事会でなされ,初めての試みとして,事故の当事者や当事者に近い責任者が一堂に会して経験を語り合い教訓を探し合う会合「第1回事故対策会議」を3月5日に連盟事務所で開催することになった.
大阪労山ニュース2011年3月号の事故一覧表に載っている今年度事故総数23件のうち,当日は7件について当事者や当事者に近い責任者が口頭報告し,3件について文書報告が寄せられた.出席者は総勢15名.教育遭対部担当の常任理事
砺波亨さんが準備を,中川が当日の司会をつとめた.会議では自己紹介のあと,事故一覧表に示された順番に,(1)事故状況の報告,(2)会で行った総括,(3)会で立てた今後の対策をまず紹介してもらい,1事例ずつ全員で討論をして次の事故事例へと進み,最後に各自にまとめの発言をしてもらった.議事進行の冒頭に中川は,事故原因や今後の対策の基本的観点に「心構え」や「姿勢」をおくのではなく「技術的な解決策を探る」,「事故につながった判断には相応の理由があること」,「判断の分岐点に自分をおいて解決策が得られるまで考えあうこと」などを強調し,事故者の不覚や不明を追及するだけの吊し上げ的な不毛な会議になるのをお互いに避けようと呼びかけた.
個々の事故例から拾うと,(1)毎週の例会山行に疲れを押さえて参加した会の執行部やセミナー山行のコーチやスタッフが精神的な疲れからひょんな事故を起こした,(2)あるはずの広場を探して足元がおろそかになりアイゼンを反対の足内側にひっかけて転倒し頭と両手に負傷した,
(3)頂上直下でまちがい道に入ったのに あと少しなのでそのまま前進したが落石をおこして頭に負傷した,(4)岩登り中に第2登攀者(セカンド)に3m降下させてくれと頼まれたが
新しい確保器具(ルベルソキューブ)の操作が困難なため操作を誤り10m墜落させてしまった,(5)室内壁で俗称「きょん足」という負荷が大きい姿勢をとったまま強引に立ちあがってしまい靱帯を損傷したなど.これらについて,個々の会の総括では,疲れた時は山行を自粛する,セミナー山行では教授者に徹しつくして自分のストレス発散は抑える,「きょん足」は使わないようにするなど,ある意味で自粛的色彩がつよい総括が紹介された.会場の参加者で互いに行った議論では,「これらの総括はいずれも程度問題にとどめないと際限なく広がる.これを実施すると行きすぎで消極的になってしまうのではないか.もっと本音の対策案はないのか」との論点が出されて討論の方向は大きく変わった.「きょん足」を今後は使わないのではなくて
使ってもいいが一度脱力してから次のムーブに移る認識を深めようとの新たな提案仮説が当事者の会からなされ,セミナー山行でもスタッフやコーチに過度の負担感が残らない実施のあり方
たとえば解散後ちょっと気晴らしするとかの視点はいけないのかとか,パーティーのメンバー間の距離を適度に取って道が急に屈曲した場に出ても 直前の仲間が急に曲がったのがいやおうなく分かるという適度な間合いはないのかなど,事故のその場に自分を置いた技術的視点での問題提起がなされた.これらの論点をめぐって自分の体験を互いに披露しあって問題をつきつめたり
新たな視点を得たりして討論は盛り上がった.大きな教訓としては,事故対策は原則論で行うよりも 現場の技術的対策が有効な場合が多いことに気づかされたことであろう.
今回の討論が盛り上がった背景には,(1)各会でよく整理された問題提起や反省が報告された,(2)迫力あるプレゼンたとえば屏風岩の登攀のスライド映写など分かりやすい訴えがなされた,(3)ともすれば事故当事者を追及してしまいがちな討論の方向を技術論と判断の共有という視点で討論がリードされた,などの背景がある.
しめくくりに明るい方向性について述べよう.道を踏み外して斜面転落事故をおこしたハイキングクラブでは,毎年4月上旬に開催される近畿ブロックの搬出技術講習会のハイキング部門に参加してきた数名の会員が補助ロープ20mやカラビナなどを当該の会山行に持参してきており,救助の際大活躍した.この機に今後の講習会にも奮って参加しようと討論が進んだといい,会場のみんなでうなずきあった.屏風岩でセカンドを墜落させてしまった会では百丈やぐらを使って事故の検証と解決の探索が行われ,スライドで迫力ある報告がなされた.GPSを読図訓練に活用すると効果的であるなどの体験も語られ,事故という
あってほしくないきっかけではあったが 討論の中で互いに学ぶものは大きかった.ハイキングでの救助技術の開発は緒についたばかりの研究課題であり今後の追求が望まれること,当日得られた教訓をぜひみんなのものにする方策が望まれることなど,今後の方向性が確認され,初めての事故対策会議を終えた.